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2006年7月19日 (水)

Clunyいってきます、ノルマンディーの写真も

加藤号泣。極楽の喧嘩漫才はどうなるんでしょうか。

さて、これからClunyというブルゴーニュの街にいってきます。またレヴィナスのシンポジウムです。全部で一週間ぐらいのプログラムです。さっきある学会の発表要旨を送ったところですが、また別の〆切があるので全発表を傍聴せず、ある程度めぼしいものを選択します。だいぶシンポジウムにもなれて来たのでペース配分ができるようになりました。折角遠出するので間にCluny、ディジョン、ボーヌ観光。終わったら一日リヨンにも行きます。

取引先の家具屋からの振込がまだという懸案を抱えつつもとりあえず研究優先ということで。どうもこっちが素人で外国人なので足下見られてる感じがするんですが、感情的にならず粘り強く催促するのみ。できる事はしている。怒った方が負け。

先日のオンフルールの写真です。電車まで時間がないので少しだけ。

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木造(!)の教会(かなり珍しい)

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革命記念日はこの街では色々なゲームがあるんですが、そのオオトリmât incliné。直訳すると傾いたマスト。これは落ちる人。


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見事獲得。オンフルールのフレディーマーキュリー。


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最終日に訪れた、カマンベールで有名なPont-l'Evêqueの伝統市。この地方名産のリンゴ酒カルバドス(食後用)、ポモー(食前酒)とカマンベールを購入。試食もしまくり。「道の駅」なんかの特産コーナーが好きな人にはたまらないはず。

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2006年7月13日 (木)

カナダのプログラム

揺れてます。頭つきで。

決勝はパリのParc des prices(スタジアム)のPVで見たんですが、その瞬間は拍手さえ起こっていた。
(みんな何が起こったのかわからないまま)

昨日はテレビで自ら釈明、少しずつ何がおきたのかが見えて来た。ジダンの行為自体は本人も認めるように許されるべきではないが、サッカー界の差別はかなり深刻らしい。ジダンはその撲滅を訴えるシンボル的存在だったのだが、そのシンボル自体がこういった行動に出ざるを得ないのがその深刻さを物語ってるのか(イタリアのリーグでは日常茶飯事らしいけど。母親の具合が悪い[Michel Druckerの証言]とかそういった悪条件も働いたんだろうな)。彼の出身のアルジェリアやイランから早速イスラム的支持の声明が出はじめ、ジダンの受けた傷が色々な方向へと利用されはじめている。

はー、とにかく残念。ところでスタジアムに行ったのは初めてだったけど、生で試合を見たら楽しいだろうなとおもいました。(全然サッカーファンとかじゃないけど。)

9月のカナダ、マギル大でのシンポジウムのプログラムができました。

僕は一日目の午後の発表予定です。ていうかみんなタイトル英語じゃん。
お近くにお住まいのレヴィナシアンはお誘い合わせの上是非お立ち寄り下さい(イナイか)。

明日は革命記念日。
マイミクマリーさんがこの前訪れてた海辺の観光地オンフルールに行って「木登り」します。

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頭突きでご挨拶。

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2006年7月 3日 (月)

出張終了雑感

昨日の夜フランクフルトから帰って来ました。

6月18日にパリからロンドンへ出発、イギリスはロンドン、バース、ヒッチン、レディング、グレイヴゼントを三日で周る。途中大英博物館にも行けました。22日にパリへ。23−24日オルレアン、25日はパリに戻り休養(と言いつつ観光で歩きまくる。ちょうどゲイパレードやエコール・ド・ボザールの開放日[学園祭に相当]などの日だった。)。26日にハンブルク、27日デュッセルドルフ、28日ユーリッヒ(すごい田舎、白アスパラうまかった。)、29日ー30日フランクフルト、そして昨日1日の夜パリに無事もどりました。

取材先のアポ取りなども含めると3週間ぐらいかかった仕事、しかもアポ取りと平行して別の依頼(文献検索、コピー)もこなしていたので、今はやや放心状態です。これだけの期間で日本語を含めて四カ国語で色んな人の話しを聞き、訳し、質問したり、電話でアポを取ったりするという経験が今までなかったので、改めて自分の能力の限界を知ると同時に、今までの限界を少し広げられた気がします。大変な仕事はやりながら学ぶことも多いし、そうしてゆくなかで各々の場面で発揮できる能力が少しずつ広がるんだろうなあ、とぼんやり考えてます。

家具見本市関連の仕事でも、会期が終わるごとにすこしキャパが広がったなと思うんだけど、そのときはほぼ日/仏語のみだし、今回はそれが三回分くらいの感じ。まあ、でもドイツ語はもっとガンバんないとなぁ。貴重な機会を与えてくれたEちゃん、どうも有難う。次回はポルトガルってことで。ポルトガル語マスターしとくよ(笑)。

一応仕事で行ったので、あまり観光はできなかったんですが、それでもまあまあ見てまわれたし、写真も結構撮ったので、時間があれば(あるのか?)アップします。各地でビールやうまいものもたくさん食べたので、出発する前より血色が良くなり、3キロ増で久々に60キロになってフランスに戻って来ました。今日は休肝日です。

***

今日のフランスは昨日のブラジル戦勝利の余韻に浸っていました。実は昨日試合のあったフランクフルトでは、ドイツ戦はパブリック・ヴューイング(PV)で先日観戦したんですが、イングランド−ポルトガル戦は空港への移動、フランス−ブラジル戦はパリへの移動で見れませんでした。前者の結果は空港内のプチPVで知りました。後者の結果はというと、、パリに着陸直前の機内アナウンス、

「まもなく当機はパリ、シャルル・ドゴール空港に着陸致します、、云々、、、なお、フランス−ブラジル戦は現在0−0となっております」

英語のアナウンスでは最後の部分はもちろんカット。続いて、空港に着き、パリ市内へ向かう郊外線RERに乗り換える直前、空港の構内アナウンスで、

「お客様にお知らせ致します、フランスーブラジル戦は、ただいまティエリー・アンリのゴールで一点入りました!」

そしてRERに乗車。すると幹線道路近くを通るたびにドイツでさんざん聞いた歓喜のクラクションが、

「ファー、ピー、ビー、ファーン、プーetc.」

シャトレ駅で地下鉄に乗り換えるときには、三色旗を持った若者の群れがあちこちで叫ぶわ、走るわ、

「オナーガニェー♪、オネーシャンピオーーン!」(勝ったぞ、俺たちチャンピオーーン!)

いや、まだ優勝じゃないって(気が早い)。結局寝たあともずいぶん遅くまでクラクションは鳴りやまず。まあ、ブラジルに勝ったんだからそりゃ喜ぶわな。それに自分も欧州のフランス以外の国にいると、今自分が住んでいる国に対していつの間にか応援してた。一方ニュースでは「サッカーが第二の宗教、ブラジル」の人々のガックリした姿も流れていた。ホントにガックリしてた。色々難しいことは言わないことにするが、決勝に欧州勢しか残らないのも、ちょっとつまらないかも。

明日からは来週閉め切りの論文の完成を目指し、図書館で作業再開。写真アップ&滞在記はまた先延ばし(か立ち消え)になりそうです。機会があれば直接パソコンから写真、お見せします。

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