帰日、帰仏、ここ一ヶ月
気がついたら前回の日記から一ヶ月以上たってました。
帰日は試験の為でしたが、10万近くかけて帰って来て、面接試験は
10分ぐらいで終わり、ホント形だけ。でもおかげさまで奨学金もらえる
ことになりました。書類作成などでお世話になった方々ありがとうござい
ました。精神的にだいぶ違うので落ち着いて研究に専念できます。
その後の滞在期間中は、学部時代の友人と鍋を囲んだり
(Eちゃん忙しいとこ有難う)
たまプラの甥っ子のお宮参りに行ったり(あゆちゃんお利口だったね)、
長野の甥っ子と遊んだり(めちゃんがばりばり歩いてるのにはクリビツ)、
4月に結婚する従兄弟と会ったり(Gた君改めておめでとう、Hおじちゃん
ごちそうさまでした)、
地元の友達と会ったり(Y君と綿半に行ったら入り口にW君がいたり、中
野市役所から出て来たらちょうどようちゃんが来たり、妙に運が良かった、
オブ温にも行けて大満足)、
院の友人たちと会ったり飲んだり(IZちゃん、提灯話は今後も引っぱります)
先生と飲んだりカラオケしたり(つまり立川でピエロ詣でしたり、これはめち
ゃくちゃ楽しかった。一次会は。そのあとOたかさんと朝までカラオケはか
なり疲れた。帰りタクシーの運ちゃん道間違えるし)、
Hバーマイヤーさん在職中最後のSZゼミにでたり(Tらこ先生の部屋で続
けるらしいので安心)
修論お疲れさま会に混じったり(久々に会う人たくさん、皆さんホントにお疲
れさまでした。大変なのはこれからです(笑))
翻訳の打ち合わせをしたり(既に最初の訳は終わりました。夏ぐらいに出る
らしい。そのときはまた書きます)、
家具の仕事の打ち合わせをしたり(初めて「六本木アマンド前」で待ち合わ
せ。向かいの三朝庵ビルはバイトでよく掃除してたので懐かしかった。)
そのついでに初めて森美術館に行ってドイツデザイン展見たあとに展望台
で爆睡したあとにRの奨学生仲間とSドラ問題について海鮮日本海で話したり、
ブランショ・レヴィナス関係で議論したり(これは楽しかった、Nさんありがとう
ございました)、
フィヒテ研究会に久々に出てKやまさんの発表に感心してみたり、
と盛りだくさん過ぎて、一杯一杯になり、
飛行機の時間を間違えました。
異常に重い荷物を引きずり国立駅に急ぐ馬鹿を最後に目撃したの
はかっちゃんだと思いますが、あのあと、結局間に合わなかったん
ですよ。(あ、リンゴ分けてくれましたか?)国立で中央線を一本の
がしたのが運のつき、新宿に着いた時は
成田エクスプレスの発車時間。
急いで京急経由で成田に向かうが、空港についた時は飛行機出発の
20分前。
発券カウンターで係員の女性が一生懸命振り替え可能か調べてくれる
が振替不可能。この時点でN船長に電話したらどうにかなったのかな。
まあ、たまに大ポカをする習性があるので、それに対する十分な注意を
怠った結果だと諦め、AirMacと携帯を使って次の日の格安フライトを
すぐ探し、キャセイ(香港経由)で帰ることに。この出費は痛すぎる。
一月の見本市で稼いだ分の半額ぐらいが飛んだ。。大反省。
その日の安いホテルもネットで検索。モバイルツールの有り難みを
感じた。
次の日の午後18時成田発、台湾西岸諸都市の夜景を眺めるように南下
(これは絶景だった)、香港に到着。乗り換え時間一時間程。暑かった。
ゲートにつくと既に搭乗開始している。無事搭乗終了。やっとパリに行ける
と思い安心。キャセイの機内食はマンゴーソースのドリア以外は概ねかなり
うまかった。カレーが一番よかった。おすすめ。映画もwalk the lineと
福岡国際映画祭でグランプリをとった映画(?タイトル失念)両方とも良かった。
隣はドラゴンエアーの客室乗務員。友人の客室乗務員二人(ドラゴンとキャセイ)
とパリに旅行に行くらしい。久々に英語で話した。
日曜の朝にパリ着。その日の午後に予定してた誕生日会は延期。代わりに
夜近くの中華で食事。新たなマイミクさんと知り合いに。
で、次の日から五日間ずっとレヴィナスコンフェランス。これは疲れた。木曜は
息子ミカエルのリサイタルが夜に(当たり前だけど、めちゃめちゃうまい。聞いて
いると不思議と疲れがとれた)、金曜の夜はバレエ(開始時間間違えた)に。あ
あ、パリにいるんだなーという実感がだんだん湧いて来た。レヴィコンについては
後日改めて。ていうかヴォリュームがありすぎるというのと、今後発言が国際哲
学コレージュのHPにアップされる(遅くとも三ヶ月以内)ので、簡単な報告にしま
す。
で日曜は家でCろっととマイミクさきさんの誕生日。角煮、おでん、揚げ出し豆腐
、お好み焼き、そば、炊き込みご飯。パリの一般的日本食屋(大概寿司とか焼き
鳥とか)に無いものを作った(おでんは出来合いだけど)。仏人の他の友人も呼ん
だので全部で六人の客人。なかなか大変だったけど固定された日本食のイメー
ジを少しでも広げられたのでよしとする。
一方社会情勢はCPE反対運動で大学はずっと閉鎖されたまま。昨日パリ四の学
生自治会は授業ボイコットの中止を決定したが、市側、警察側の安全措置により
、ソルボンヌ周辺のバリケードが何時解かれるかはまだ不明。他の校舎である授
業にも多少影響がでてきた。まあ、博士課程は出席しなくてもいいので、自分に
実害はないが、そうでない学生達は大変。イルドフランス内のある大学では、学
生の半分以上が奨学生で学位取得時期に遅れがでることを懸念して、学生自治
会側でバリケードはせずに授業を続けたまま反対闘争を続ける決定をした。他方
ドイツでも同様の法案が通る予定だが、反対運動は全く無し。連立与党であるこ
とや、左翼側の統率組織がフランスよりも弱いこと、若者の実質失業率がフラン
ス(22%)と比べて低いこと(10%代?失念)がこの違いを生み出
しているらしい。党内権力争いの側面もありつつ、サルコジ内相が対話/交渉側
につき、ドヴィルパンは孤立化の様相を呈して来ている。火曜にこれまでで最大規
模のデモ(口語ではマニフ)があったが、さっきのニュースでは来週火曜にも同様
のデモの予定が決定された。ちなみにこれは去年の年末にあった暴動とは全く違
いますので。どうも日本の報道をネット上でみてると(フランスのメディアでも一部
そうした傾向はありますが)破壊活動をする人々(casseurs、どう訳したらいいん
でしょう)の姿が全面にでていてそうした誤解を招きかねない。デモ参加者とは違
います。(もちろんテレビクルーが破壊者にインタビューすると、俺は法案に反対し
て壊してるんだ、って言ってるけど。てか反対でも壊しちゃいかん)
その一方デモに参加する高校生なんかは遠足気分で楽しそう。まあ、日本の
60年代、70年代も事実上そうした機能を果たしてたらしい。
最新のニュースでは一方サルコジとドヴィルパンが首相官邸で会談中。
そんな訳で、しばらくはそうした情勢を横にらみしつつ少しずつ研究生活のリズムを
取り戻しつつあります。ついにフランス国立図書館(BNF)に研究者登録しました。
めちゃくちゃ快適。ハイデガー全集もフッセリアーナも全部揃ってるし、重要な二次
文献も結構揃っている。何より静か。
これからしばらくは『存在と時間』以降、30年ぐらいまでのハイデガー思想の動き
を詳しく読みつつ、レヴィナス30年代の論文への影響を測る作業に入ります。
ライプニッツもちょっと読まないと。ラテン語復習せねば。
先週末は博論の口頭試問を傍聴に。働きながら書いた人らしい(偉)。でもやは
り時間がないので、形式的なところでの不備がかなり多く、とてもつらそうな試
問だった。審査員にはDEA論文でかなり参照させてもらったDidier Franckとサ
ブゼミで登録してたマリオン(指導教官)がいる。Franckはレヴィナスコンフェ
のときもそうだったが、的確かつ鋭く、かつこの名前だけにフランクな発言。この
ひとやっぱいいわ。日本人がよく留学しにいくのがよくわかる。マリオンはいつも
ながら厳しいが、さすが指導教官だけあって珍しく教育者的な一面も。でも、
「これまで貴方の論文の本質的なところを議論する時間がなかったが、、」って
、遅いって、口頭試問でそんなこというなよ。マッさん。自分が何年後かにこれ
をやるのか(指導教官は違うが)と思うと身が引きしまる思いでした。
昨日はマイミクJudith君Iさん夫妻とアンリルソー展へ。美術における歴史性
研究の充実ぶりに感心。(要するに歴史的資料やそれと作品との対応関係の
研究が充実しているということ)。絵画自体もよかったし、ジャリやアポリネール
の先見性にも感心しました。Jardin de Plantesに通っていたとは知らなんだ。
よく近くに行くので今度ガラス温室(serre)にも行ってみよう。
一ヶ月だいたいこんな感じでした。今度からちょくちょく更新するようにします
(するつもり、するかも、できたらいいな)。元気でやってますんで。次回は多
分レヴィコン報告。
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